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脚本家は、肉が好き。

プラトン的ピーマン。

投稿日時:2009/09/12(土) 17:46

早稲田大学・理工学部のすぐ近くに、

陸奥だったか奥入瀬だったか、中華料理の定食屋がある。

もうないかもしれないが、確か「奥」という漢字が付く名前だった。


「とにかく旨くて量があるから」

と修士課程1年生の時に、研究室の先輩に連れて行かれて、

生まれて初めて、回鍋肉を食べ「させられ」た。

$脚本家は、肉が好き。


生まれて初めての回鍋肉は、

生まれて初めてピーマンを食べるという挑戦でもあった。


小汚いテーブルで先輩方はスポーツ紙や漫画誌を読んでおり、

同級生の仲間はテレビで野球中継を観ていた。


やがて大盛りの回鍋肉が運ばれてくる。

豚肉とキャベツと赤茶けた味噌。

豚肉は紐で縛って茹でてから炒めるというのは、だいぶ後になってから知った。


目の前に座っていた先輩は、「恐ろしく旨いだろ?どうなんだ?」という目でこちらを見ていた。

仕方なく、とても辛い味噌が絡むピーマンを、

味覚を騙すように豚肉と一緒に食べた。

けれど苦みはすぐに口内に広がった。

やばいと思った。

しかし。

「あれ?……食える。いや、旨い」

というのがその時の印象だったかと思う。




大嫌いな食材も、

とっても旨い料理、あるいはとても高級なものを食せば食えるようになる。

大人になるというのは、そういうことである。



一度食べることが出来たならば、

安いピーマンでも食えてしまうようになる。

今では好物ですらある。



なぜか。

$脚本家は、肉が好き。


脳は、その食材が一番美味しかった時の記憶を留めていて、

後に大したことのない同じモノを食べても、

ベストの味が思い出されて旨く感じる。

最近の脳研究で分かったことだ。



この話を知ったとき、

ぜひともプラトンに聞かせてあげたいと思った。


ペンと定規でどんなに正確に三角形を描いても、

それはけして完璧な三角形にはならない。

ペンはかすれるし、線もけして真っ直ぐにはならない。

数学的に言えば、線には幅があってはならない。

地面の土に適当に描いた三角形なんて酷いものである。

けれど人間はそれらを三角形だと認める。


それは、どこかにイデアという理想の世界があって、

その中にある理想的な三角形を、我々が知っているからだ。

そしてその理想を追い求める心が、エロスなのだ。


……というのがプラトンの唱えたイデア論。




弟子のアリストテレスによって即座に否定されたこの理論だが、

人間の思考や創造は、脳の機能と構造を模倣すると考える立場(唯脳論)でいけば、

論拠はある、ということだ。



ピーマンのイデアを知ってしまった僕は、

またピーマンを食べたいとエロスを燃やす。

焼肉は、不味い店では食えなくなった。

恋も、しかり。



歳を取るとイデアが増えすぎる。

そしてエロスが強くなる。



初めはピーマンだった僕の頭も、

いつしか肉詰めになってきたようだ。


たまにはこんなエントリー。

深い意味すらないけれど。

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