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脚本家は、肉が好き。

サバイバーズ ギルト。

投稿日時:2009/04/25(土) 01:38

2004~5年、阪神淡路大震災の舞台化をしているとき、

取材した先の看護師や医師、教師も役人も俳優も、

被災者の誰もがみな、

「死なずに生き残ってしまった自分を責める気持ちがある」

と口を揃えて言っていた。

僕ですら、直接揺れを経験しなかったことを「後悔」していたりた。




あれはよく分からない感情だった。
一体何なのか、どこから来るのか、自分に説明が付かないのだ。
(公演を終えた今は、もうその感情はない)




そもそも。
あの感情は、僕だけが抱いていると思っていた。
(だからあの舞台を創った)

ところが生き残っている被災者全員が感じていたわけだ。
つまり、
あれはとてもとても「一般的な」感情だったということを、
僕は取材を通して知った。

でもそんな精神状態があることを誰も公に指摘しなかったし、
きちんと定義づけさえされていない。

……と思っていた。


脚本家は、肉が好き。

今日、ようやくそれを指す言葉を見つけた。
ちゃんと言葉があったのだ。


山口県光市母子殺害事件の遺族、本村洋さんへのインタビュー本、
「罪と罰」に載っていた。

それは、


サバイバーズギルト
(Survivor guilt / Survivor's guilt:生き残りの自責心・罪悪感)

というそうだ。

(本文には"サバイバルギルト"と書いてあるが、恐らく英語の読み間違い)


ある精神状態を定義づける「言葉」が存在すると、
「ああ、これは僕だけじゃないんだ」
と安心できるという一面がある。

僕が大学4年生の頃に
脳科学や精神分析や認知心理学の本を読み漁っていたときによく感じたことだ。
(そしてあの時に学んだことが、十数年後に演出という仕事に役立つとは誰が予想しただろう!)

さらに言えば、僕が女性に振られたときに、
「こんな悲しいのは俺だけじゃない。人類史上、数百万年間に、何百兆人という人々が感じてきた一般的なことだ!」
と無理やり自分に言い聞かせたのにも似ている。
いや、それはどうでもいい。



今日はあの感覚を久々に思い出した、という話だ。


そんな記念日。

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